子どもが教師を十分に信頼し、尊敬するようになって初めて、
教師の教えに耳を傾けようとするのです。 親は、自分と同じくらいの年齢、あるいは自分より若い教師を見ると、つい敬意を示すことを忘れてしまうことがあります。 しかし、子どもは親の姿を見て学びます。 実際には、年齢や地位に関係なく、親は常に自分の子どもの教師に敬意を示さなければなりません。 それこそが、子どもの教育に責任を持つ親としての道徳なのです。

川を渡るには、橋を架けるべきだ……
ヒエンさんは、くわえていたタバコを指で軽く弾きながら言った。
「また息子が大学入試に落ちたんだ。もう、どうしたらいいのかわからない。職業訓練校に行かせるなんて、恥ずかしくてできないよ。息子の勉強のために、これまでたくさんのお金と労力をつぎ込んできたのに、それでもうまくいかなかった。
それなのに、君が息子さんのために何か特別な投資をしているようには見えないのに、息子さんは何度も試験に合格して、奨学金まで取った。すごいじゃないか!
君が私より頭がいいとは思えない。それなのに、どうして君の子どもはそんなによく勉強できたんだ?」
トゥアンさんは、ゆっくりと湯飲みを置いた。
「私は君ほど裕福ではない。でも、私も子どもの勉強のために努力してきたよ。ただし、私は子どもたちのために『橋』を架けたんだ。」
ヒエンさんは驚いた。
「『橋』って、どういう意味だ?」
トゥアンさんは答えた。
「君は、ベトナムのことわざを忘れてしまったのかもしれないね。
『川を渡るには橋を架け、良い子を育てるには教師を敬う』
という言葉だよ。」
私は、子どもたちに教師に対する深い敬意を持つように教えることに力を注いだ。
あるとき、息子が先生に叩かれて、泣きながら家に帰ってきたことがあった。
私は何があったのかを息子に尋ねた。そして、「先生が正しい」と言った。
私は息子を学校へ連れて戻り、先生に謝らせ、二度と同じ間違いをしないと約束させた。
子どもたちに教師への深い敬意を持たせることに力を注いだからこそ、私の子どもたちは勉強を続け、良い成績を取ることができた。
私は、先祖が教えてくれたことを、そのまま実践しているだけなんだ。
一方、君は息子をかばいすぎた。
以前、君は学校へ行って、息子の先生たちと口論したことがあっただろう。息子が罰として壁に向かって立たされたことについて、先生たちを責めた。
君の息子が学校でうまくいかないのは、頭が悪いからでも、君に知能の遺伝子がないからでもない。君のそのような行動が原因なんだよ。」
ヒエンさんは、物悲しそうに立ち上る煙を見つめた。
しばらくして、彼は尋ねた。
「息子を立ち直らせるために、何か方法はあるか?」
するとトゥアンさんは答えた。
「自分の過ちを償うために、息子を連れて、以前の先生たちを訪ねてみるといい。
先生たちに深い敬意を示すんだ。そして、息子にも同じようにさせなさい。たとえ先生たちが君より若くても関係ない。
もしかしたら、次の大学入試では、息子も良い結果を出せるかもしれないよ。」
「わかった。君の言うことを聞いてみるよ。」
今日では、多くの家庭で子どもの数が少なくなり、その分、親は子どもを以前よりも大切にするようになりました。
しかし残念なことに、私たちは時として、間違った方法で子どもを愛してしまいます。
その一つが、子どもの目の前で教師に反対し、「先生のほうが間違っている」と思わせてしまうことです。
もし子どもが、教師は正しい存在ではないと思うようになったら、どうして教師の教えに耳を傾けようという気持ちが生まれるでしょうか。
これが道理です。
子どもが教師を十分に信頼し、尊敬するようになって初めて、教師の教えに耳を傾けようとするのです。
親は、自分と同じくらいの年齢、あるいは自分より若い教師を見ると、つい敬意を示すことを忘れてしまうことがあります。
しかし、子どもは親の姿を見て学びます。
実際には、年齢や地位に関係なく、親は常に自分の子どもの教師に敬意を示さなければなりません。
それこそが、子どもの教育に責任を持つ親としての道徳なのです。
著者:
Janna
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