私たちは、人生において何かを推測したり、結論を出したりするときには、
慎重でなければならない。 もし間違った判断をしてしまえば、それによって悪いカルマが生じ、来世にも影響を及ぼすことになる。

懐疑心
中国の群雄の一人であった曹操は、かつて敵から逃げている途中、ある家族の家に身を寄せたことがあると言われている。
その家族は曹操を温かく迎え入れ、一晩泊めてくれた。
ところが真夜中、曹操は包丁を研ぐ音を耳にした。曹操は、主人たちは自分を歓迎するふりをしているだけで、自分がぐっすり眠ったところを狙い、懸賞金目当てに殺そうとしているのだと思った。
そこで曹操は、その家族を一人残らず殺してしまった。
しかし、縛られている豚を見つけたとき、彼らが自分をもてなすために豚を殺そうとしていただけだったことに気づいた。曹操は少し後悔した。
それでも彼は、自分の疑い深さを、後世の多くの人々にも悪影響を与える有名な言葉によって正当化した。
「他人に自分を害されるくらいなら、たとえ自分が他人を害することになっても、そのほうがましだ!」
ある父親と娘が、公園で一緒に遊んでいた。
突然、そこを通りかかった誰か――もしかすると曹操のひ孫のひ孫だったのかもしれない――が二人を見て、「子どもの誘拐だ!」と叫んだ。
すると、別の自称「正義のヒーロー」が走ってきて、その父親を止めようとした。
父親から叱られたことで、その怒り狂った「ヒーロー」はナイフを取り出し、父親を刺し殺してしまった。
私たちは普段、いくつかの最初の情報から物事を推測する。いや、人間には知性があるからこそ、そうせざるを得ないことも多い。
もしそれができなければ、人間らしい知性を持っているとは言えないだろう。
しかし、「推測すること」と「早合点して結論を出すこと」は違う。
結論を導き出すためには、より多くの、そしてより完全な情報が必要なのである。
例えば、四辺形に一組の向かい合う辺の長さが等しいという条件があるとしよう。
この場合、考えられる推論は全部で5つある。
一組の向かい合う辺が等しいので、二等辺台形かもしれない。
あるいは、二組の向かい合う辺がそれぞれ等しくなる平行四辺形かもしれない。
また、4辺がすべて等しく、向かい合う角も2組ずつ等しいひし形かもしれない。
あるいは、二組の向かい合う辺が等しく、4つの角がすべて直角である長方形かもしれない。
または、4辺がすべて等しく、4つの角がすべて直角である正方形かもしれない。
しかし、最初に与えられた情報だけでは、どの結論を選べばよいのか分からない。
少なくとも一組の向かい合う辺が等しいということだけでは、次の結論を導き出すには不十分なのである。
さらに多くの情報を集めなければならない。
そうして初めて、その四辺形が実際には何なのかを結論づけることができる。
同じように、夜、ある女性が人通りのない路地へ急いで入っていくのを見たとしよう。
私たちの心には、少なくとも3つの推測が浮かぶ。
彼女は何か悪いことをしようとしているのかもしれない。
これは、いつも他人の行動を悪い方向に解釈する否定的な推測であり、現代版の曹操の疑い深い考え方とも言える。
あるいは、別の考え方もできる。
彼女の大切な人が病気になったなど、緊急事態が起きたため、薬を買いに行ったり、助けを求めたりしなければならないのかもしれない。
これは、他人の行動を善意に解釈する、肯定的で慈悲深い推測である。
または、もっと無害に考えることもできる。
「彼女には夜遅くに何か用事があるのだろう。それだけのことだ」と。
ほとんどの人は、この3つのうちのどれか一つ――善い方向、悪い方向、あるいは中立的な方向――に推測する。
そして、さらに情報を集めることなく、すぐに結論を出してしまう。
しかも、その結論はたいてい悪いものになる。
「このように夜に出歩く女性は、だらしがなく、品がない人だ」と。
十分な証拠もないまま悪い結論を出してしまえば、それによって悪いカルマも形成される。
知性の乏しい人は、一つの理由だけを想定し、すぐに結論を出す。
賢い人は、3つの異なる可能性を推測し、そのうえで、自分の道徳観に照らして結論を判断する。
一方、智慧のある人は、結論を出す前に、さらに多くの情報が得られるまで待つ。
私たちは、人生において何かを推測したり、結論を出したりするときには、慎重でなければならない。
もし間違った判断をしてしまえば、それによって悪いカルマが生じ、来世にも影響を及ぼすことになる。
著者:
Janna
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