クジラは愛らしく、かけがえのない生き物である。
クジラは海の神聖な生き物とさえ考えられている。 人々は、お互いに対して心を開くだけでなく、精神性の高い生き物たちに対しても心を開くべきである。 共に力を合わせれば、私たちは地球に幸福と平和をもたらすことができる。 遠い海で行われているクジラの殺害や捕鯨が、私たちとは無関係だと考えてはいけない。 「それは私たちの良心と知恵、そして私たちの子孫の未来に関わることなのです。」

クジラたち
トゥエンは息子と一緒に、家々が立ち並ぶ一帯を歩きながら、海へ向かっていた。彼はふと昔を思い出し、話し始めた。
「私が子どもの頃、この町全体がまだ小さな村だった。道は砂地だったよ。舗装道路がなかったから、車もなく、人々は歩かなければならなかった。今では町になって、国によって舗装道路が造られた。人々は自分の車を持ち、都会と同じように、どこへでも車で行けるようになったんだ。」
息子が尋ねた。
「その頃、どこへ学校に通っていたの?」
「そこにあった小さな村の学校だよ。今では取り壊されて、新しい家が建っている。その代わり、別の場所に、もっと大きくて新しい学校が建てられた。」
「お父さん、ここでは今でも漁をしているの?」
「しているよ。でも今は、ずっと遠くまで行かなければならない。時には公海まで出て、自分たちが逮捕されてしまうこともある。私が若かった頃は、ただ海へ出れば、魚をたくさん捕ることができた。ところが、誰かが魚やエビの小さなものまで全部捕れるような、とても細かい網を作ってしまった。その何年か後には、海産物の資源が枯渇してしまったんだ。」
「僕が知っている限り、多くの文明国では、政府が小さな魚を捕ることを漁師に禁止しているよ。」
「私たちの考え方が他の人たちより少し遅れているだけでも、何十年も取り残されることがあるんだよ、息子。」
「お父さん、僕たちはどこへ行くの?」
「ナムハイ廟だ。そこでは人々がクジラの骨を祀っているんだ。」
父と息子は廟の中へ入り、線香を焚いて祈った。
その後、二人でクジラの骨を眺めていると、息子が尋ねた。
「お父さん、どうしてここの人たちはクジラを祀っているの?」
「漁師たちにとって、クジラは海の神聖な生き物なんだ。」
「よく分からないよ。」
「お前のおじいさんも漁師だった。ある時、船で海へ向かっていたところ、突然嵐が来たそうだ。当時は、漁師たちに天気を知らせる人工衛星なんてなかった。だから海へ出る時には、空を見上げて天気を予測するしかなかった。それが当たることもあれば、外れることもあった。
もし嵐が来れば、漁師たちは自分たちの死が迫っているのを目の当たりにすることになる。彼らにできることは、神に祈ることだけだった。
すると突然、一頭のクジラが海面に現れ、船を安全に岸まで運んでくれた。そして、そのまま海の中へ消えていったそうだ。
おじいさんは、こういうことは漁師たちの間で何度も起こったと言っていた。だから、みんなそれを信じるようになったんだ。
もし数人だけがそんな話をしていたなら、『作り話だろう』と思われたかもしれない。でも、多くの漁師たちが同じ話をしていたから、誰も疑わなかった。
それ以来、漁師たちはクジラを海の神聖な生き物として崇めるようになったんだ。」
「クジラがたまたま海から現れて船に触れたから、人々が『船を助けてくれた』と勘違いしただけだ、という話も聞いたことがあるよ。」
「そう言うなら、まず証明しなければならないよ、息子。そんなことを言う人は、あまりにも恩知らずだ。嵐の中の船に乗って、クジラに救われた経験など一度もないんだろう。
クジラに救われた人たちは、クジラがどれほど意図的に海から現れ、船を岸まで運んでくれたのかを、はっきり見ている。岸には、ほとんどの漁師たちの家があるんだ。
決して偶然ではなかったんだよ。」
「お父さん、どうして日本やノルウェーのように、今でも食用のためにクジラを捕ることを認めている国があるの? そういう国々は、海の神聖な生き物をまったく尊重していないように見えるよ。」
「そういう国々は、とても文明が発達しているにもかかわらず、悲惨な災害に苦しんでいることが分かるだろう。グリーンピースや国際捕鯨委員会のように、クジラを守ろうとしている団体もたくさんある。
彼らはそうした国々に対して声を上げてきた。しかし、その行動は今のところ、ただ懇願することにとどまっているんだ。」
息子は敬意を込めてクジラの骨を拝み、言った。
「他の国々の中には、このことを理解しているところもあると思う。
『スター・トレック』という映画で、宇宙船エンタープライズ号が地球へ戻る途中、不思議な出来事に遭遇するんだ。
実は、別の巨大な宇宙船が、何十万年も前に地球へ連れてこられたザトウクジラを探していたんだ。ところが、そのクジラを見つけることができなかった。
そこで、その巨大な宇宙船は、超大型エンジンを使って地球上の海水をすべて宇宙へ吸い上げようとした。もちろん、海の水がなくなれば、地球は滅亡してしまう。
そこで地球を救うために、エンタープライズ号の宇宙飛行士たちは三十年前の過去へ戻り、残っているザトウクジラを探して、現在へ連れて帰らなければならなかった。そして、それによって巨大な宇宙船の要求を満たしたんだ。
そのおかげで、地球は救われた。
もしかすると、その映画の脚本家も、クジラには特別な精神性があると考えていたのかもしれない。なぜなら、クジラは宇宙のどこかから地球へ連れてこられたという設定だったから。
つまり、クジラに特別な存在としての価値があると考えているのは、ベトナムだけではないのかもしれない。
それなのに、なぜ日本のような非常に文明の発達した国が、そのことに気づかないんだろう?」
「息子よ、人は自分があまりにも優れていると、簡単に傲慢になってしまうものなんだ。才能のある人ほど、そういう考え方を持ちやすい。
お前も成績の良い学生だ。だから、自分の能力を鼻にかけないように気をつけなさい。そうしないと、悪いことをする原因になってしまうよ。」
クジラや一部の動物には、人間よりもさらに強い霊的な直感がある。
動物だけではない。ヤマヨモギのような植物にも、強い霊的直感を持つものがある。ある種の呪術師たちは、そのような植物が持つ特殊な能力を見抜き、それを自分たちの目的のために利用することがある。
(人間が最も賢いのは、自分たちよりも能力の低い他の生物を利用する方法を、他の生物よりはるかによく知っているからである。)
クジラには、人間のような器用な手がない。そのため、人間のように自然を自在に管理することはできない。
人間には知性と器用な手の両方がある。だからこそ、さまざまなものを発明し、作り出すことができる。
人間は自然の姿を変えることができるだけでなく、望めば自然そのものを破壊することさえできる。
(自然を破壊することに関して言えば、人間は少し愚かな存在なのかもしれない。)
強い精神性を持つ神聖な生き物を殺すことは、残酷なことである。
人間はまだ、殺生を完全にやめることができていない。しかし、その残酷さの程度は、どのような生き物を殺すかによって異なる。
精神的な発達が高い生き物を殺すことは、非常に残酷なことである。一方、精神的な発達が低い生き物を殺すことは、それよりも残酷さが少ない。
社会においても、同じ原理が当てはまる。
一方では、善良で才能のある人を殺すことは許されないことだろう。なぜなら、それによって社会に大きな損失を与えるからである。
しかし他方では、凶悪な犯罪者を殺すことは、必ずしも罪とは見なされない場合があり、時にはそれによって褒賞を受けることさえある。
クジラは愛らしく、かけがえのない生き物である。クジラは海の神聖な生き物とさえ考えられている。
人々は、お互いに対して心を開くだけでなく、精神性の高い生き物たちに対しても心を開くべきである。
共に力を合わせれば、私たちは地球に幸福と平和をもたらすことができる。
遠い海で行われているクジラの殺害や捕鯨が、私たちとは無関係だと考えてはいけない。
「それは私たちの良心と知恵、そして私たちの子孫の未来に関わることなのです。」
著者:
Janna
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