Janna · 2026年10月23日

質問28:瞑想の修行において、功徳は不可欠です。瞑想を始める前に、たくさんの功徳を積んでおくべきでしょうか?
回答:
瞑想の道は、限りなく深遠なものです。この瞑想の道に入るためには、数え切れないほどの善行や徳を積み重ね、多くの功徳を蓄える必要があります。
しかし、解脱と悟りという瞑想の目的に向けることなく功徳を積んでいると、一時的な快楽を追い求める世俗的な生活の循環に陥りやすくなります。そのような快楽は永続するものではなく、やがて尽きてしまいます。
さらに、瞑想を始めるために、どれほどの功徳を積めば「十分」であるのかを正確に判断する基準はありません。
したがって、功徳を積むことと瞑想の修行は、同時に進めるべきです。つまり、善行を実践しながら、たゆまず瞑想に励むのです。
また、大小を問わず、あらゆる善行を精神的な修行と悟りのために捧げるという、真摯な誓いを立てなければなりません。
この過程は、農家の人が一本の木を大切に育てることによく似ています。木が健やかに成長し、実を結ぶまで、丁寧に世話をし、水を与え、肥料を施します。最初の収穫を終えた後も、次の収穫を確実に得るためには、継続して世話をする必要があります。
同じように、瞑想の修行者も、心を清め、長期にわたって修行を続けていくために、絶えず功徳を積まなければなりません。
瞑想の道のりは、いつも順調とは限りません。心が穏やかで明晰になるときもあれば、落ち着きを失い、困難に直面するときもあります。瞑想が自然にできる日もあれば、集中を保つことさえ不可能に思える日もあるでしょう。
こうしたすべてのことには、私たちがこれまでに積み重ねてきた功徳が、目に見えない形で微妙に影響しています。
したがって、どれほど多くの功徳を積んだとしても、それで本当に「十分」ということはありません。
私たちは、どんなに小さな善行であっても、粘り強く実践し続け、日常生活のあらゆる面をより良いものへと磨いていかなければなりません。そして、それら一つひとつの行いを、安定し、揺るぎなく、長く続けられる瞑想の修行の土台としていくことが大切なのです。
著者:
Janna
関連記事 :
